2018年03月12日
RE: START
数日前、家のキッチンのテーブルが、壊れた。
四本あるテーブルの脚の一本が、突然、抜け折れてしまった。
何日か誤魔化しながらテーブルセットを使っていたものの、「ガチャーーーン!」と、いきなりテーブル自体が崩れ落ちてしまうかと思うと、やはり、かなり怖い。
今まで、家に泊まってくれたり立ち寄ってくれた、たくさんのミュージシャンや友達たちが腰かけ使ってくれた、小春や櫻子がうんと小さいころからわいわいと座ってご飯を食べて笑ってた、そんな思い出がたくさんあったキッチンテーブルだったけれど...、処分することに決めた
。
そして。
物置から、毎年秋
に、庭木の剪定で使っているチェーンソーを持ち出して来て、春
に使う事にした。

ジェイソン........ (笑) 。
ギーンギーンと切り刻んで、何枚かになったテーブルは持ち出して、

いつでも処分できるように、庭に運んだ。
キッチンはいきなり「ガラーン」としてしまったので、横浜の家で使っていた、二人用の正方形のテーブルに挿げ替えて、キッチンは、かなりスッキリした
。

こんな、感じに。
「人生でも文化でも音楽でも、破壊をしないと、構築はない。」
そんな事を、妙に感じた、そんな一日だった。
明日は、東京の「九段坂病院」へ外来に行く前では最後になる、松本の整形外科の外来と、OTとの上肢の作業療法。
リ・スタート。
毎日、パラリンピックで選手たちを応援しながら、
「俺なんて、麻痺してるだの動かないだの痛いだの、云える立場じゃないな。」
って、思うし考え改めさせてもらっている。
うん、感じさせていただいている。

さあ!明日っ
!
四本あるテーブルの脚の一本が、突然、抜け折れてしまった。
何日か誤魔化しながらテーブルセットを使っていたものの、「ガチャーーーン!」と、いきなりテーブル自体が崩れ落ちてしまうかと思うと、やはり、かなり怖い。
今まで、家に泊まってくれたり立ち寄ってくれた、たくさんのミュージシャンや友達たちが腰かけ使ってくれた、小春や櫻子がうんと小さいころからわいわいと座ってご飯を食べて笑ってた、そんな思い出がたくさんあったキッチンテーブルだったけれど...、処分することに決めた

そして。
物置から、毎年秋



ジェイソン........ (笑) 。
ギーンギーンと切り刻んで、何枚かになったテーブルは持ち出して、

いつでも処分できるように、庭に運んだ。
キッチンはいきなり「ガラーン」としてしまったので、横浜の家で使っていた、二人用の正方形のテーブルに挿げ替えて、キッチンは、かなりスッキリした


こんな、感じに。
「人生でも文化でも音楽でも、破壊をしないと、構築はない。」
そんな事を、妙に感じた、そんな一日だった。
明日は、東京の「九段坂病院」へ外来に行く前では最後になる、松本の整形外科の外来と、OTとの上肢の作業療法。
リ・スタート。
毎日、パラリンピックで選手たちを応援しながら、
「俺なんて、麻痺してるだの動かないだの痛いだの、云える立場じゃないな。」
って、思うし考え改めさせてもらっている。
うん、感じさせていただいている。

さあ!明日っ

2018年03月12日
三年と、七年と、一週間。
三日前の木曜日、十か月振りに、人前でステージに立った。
立てたのか、どうだったのか、何だったのか、三日経っても、まだ、解らない。
でも、嬉しかったし、たくさんの感謝の念を感じた。
十か月前のステージは、「琵琶湖」の畔の野外ステージだった。

もう何年?十何年?くらい前から、こんな僕と懇意にしてくれる、滋賀の友達が開催したステージ。
「セキケンイチ」として、出演させてもらった。
それから六月の末に、「中心性頸髄損傷」なんて、聞いたこともなかった大怪我をして、最初は、上肢はほとんど、下肢もいくらたしか動かなかった。
半年間、入退院を繰り返して、生活の半分を病院で過ごしてた。。
あれから九ヶ月、もし戻る日が来たら、その場所は、「セキケンイチ」として一番最初にステージに立たせてくれた「韓国食堂 Music Court HANA」で!って、ずっと思っていた。

一曲目は、琵琶湖のステージで二曲目に歌った曲を演らせてもらった。
崔さんからのひと言も、ぽこさんのハイタッチも、桃ちゃんや詠赫の笑顔も、みんなの笑顔も、聴いて下さったお客さまにも、
「ううううう~んと、ありがとう。」
しかない、そんな時間だった。
今日、3月11日。
大好きだった祖母が亡くなって、ちょうど三年が経った。
祖母の家の近くの食堂の、中華そば、大好きだった。

ばあちゃんだけではなく、おじいちゃんも、大好きだった。

そんな、おじいちゃんとばあちゃんの家は取り壊されて、今は影も形もなくなって更地になって、全く知らない人の車が毎日止まる、駐車場になっている。

今度、久しぶりに中華そばを食べに行こう。
今日は、3月11日。
たくさんのたくさんの人たちへのお悔やみと、興し続ける姿から頂いている勇気に、心から感謝しています。
一週間後の、3月18日の日曜日、久しぶりに東京へ行きます。
「中心性頸髄損傷」からの後遺症を、自分なりにしっかり受け止め、必要ならば頚椎にメスを入れる事を覚悟しつつ、九段坂の病院へ、紹介状を持って参ります。
大きな玉ねぎの斜め下、靖国神社の開花予想が、3月20日らしい。
「春分の日」が、楽しみだ。
自分の身体のこれからの突破口も、愉しみだ。
「この人生は夢だらけ」。
故えに、「サクラサケ」。
立てたのか、どうだったのか、何だったのか、三日経っても、まだ、解らない。
でも、嬉しかったし、たくさんの感謝の念を感じた。
十か月前のステージは、「琵琶湖」の畔の野外ステージだった。

もう何年?十何年?くらい前から、こんな僕と懇意にしてくれる、滋賀の友達が開催したステージ。
「セキケンイチ」として、出演させてもらった。
それから六月の末に、「中心性頸髄損傷」なんて、聞いたこともなかった大怪我をして、最初は、上肢はほとんど、下肢もいくらたしか動かなかった。
半年間、入退院を繰り返して、生活の半分を病院で過ごしてた。。
あれから九ヶ月、もし戻る日が来たら、その場所は、「セキケンイチ」として一番最初にステージに立たせてくれた「韓国食堂 Music Court HANA」で!って、ずっと思っていた。

一曲目は、琵琶湖のステージで二曲目に歌った曲を演らせてもらった。
崔さんからのひと言も、ぽこさんのハイタッチも、桃ちゃんや詠赫の笑顔も、みんなの笑顔も、聴いて下さったお客さまにも、
「ううううう~んと、ありがとう。」
しかない、そんな時間だった。
今日、3月11日。
大好きだった祖母が亡くなって、ちょうど三年が経った。
祖母の家の近くの食堂の、中華そば、大好きだった。

ばあちゃんだけではなく、おじいちゃんも、大好きだった。

そんな、おじいちゃんとばあちゃんの家は取り壊されて、今は影も形もなくなって更地になって、全く知らない人の車が毎日止まる、駐車場になっている。

今度、久しぶりに中華そばを食べに行こう。
今日は、3月11日。
たくさんのたくさんの人たちへのお悔やみと、興し続ける姿から頂いている勇気に、心から感謝しています。
一週間後の、3月18日の日曜日、久しぶりに東京へ行きます。
「中心性頸髄損傷」からの後遺症を、自分なりにしっかり受け止め、必要ならば頚椎にメスを入れる事を覚悟しつつ、九段坂の病院へ、紹介状を持って参ります。
大きな玉ねぎの斜め下、靖国神社の開花予想が、3月20日らしい。
「春分の日」が、楽しみだ。
自分の身体のこれからの突破口も、愉しみだ。
「この人生は夢だらけ」。
故えに、「サクラサケ」。